大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所金沢支部 昭和40年(う)183号 判決

被告人 内田準一

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金三〇、〇〇〇円に処する。

被告人において右罰金を完納できないときは、一日を五〇〇円に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人正力喜之助の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

職権で調べると、原判決は、「罪となるべき事実」として、「被告人は自動車の運転の業務に従事するものであるが、昭和三九年七月一七日午前七時五〇分頃、高岡市赤祖父七八三の三番地山一線業株式会社高岡営業所倉庫に赴く為、軽四輪貨物自動車(六富え六九-九八号)を運転し、同市定塚町桜馬場方向から同市伏間江方向に向け、前記倉庫附近の巾員約七・八米の市道の左端より約三・四米の部分(車両の左端が)を、時速約三五ないし四〇粁で進行し、前記倉庫の手前約五〇米の地点において、折から宮下良一(当二九年)が同市道左端より約一・二米の部分を時速約三〇粁で同方向に向け第二種原動機付自転車を運転進行しているのを、その右側より追越し、間もなく前記倉庫へ左折進入しようとしたのであるが、かような場合自動車運転者たるものは、前記の通り自車は時速約三五ないし四〇粁の速度で左折直前に時速約三〇粁で進行している右宮下の運転する原動機付自転車を追越したのであるから、同車が自車の左後方至近距離の地点を進行していることは十分に予想し得るのであり、かつ自車の左側には巾員約三・四米の余地があつたのであるから、自車の直後を進行している車両、なかんずく前記原動機付自転車が自車の左側を進行し、これと衝突事故を起す恐れがあるから、予め方向指示器により左折の合図をし、出来る限り道路左側に寄り、かつ徐行し、同方向に進行する前記原動機付自転車等他の車両の進行を妨害したりして衝突事故を起さないようにするのは勿論、後方の安全なかんずく前記原動機行自転車の動静に十分に注意し、その安全を確認し、衝突事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、前記原動機付自転車を追越した直後、方向指示器により左折の合図をしたが、予め道路の左側に寄らないで道路左端より約三・四米(車両の左端が)の部分を進行し、前記倉庫の手前約二五米の地点から減速し、前記倉庫の入口の手前約八米の地点で左折を開始し、助手席のガラス窓越しに左方の安全を確認したのみで、後方なかんずく前記原動機付自転車の動静を十分に確認しないまま漫然左折した過失により、前記倉庫入口前道路左端より約一・四米の地点において自車の左側後方至近距離の地点を進行していた前記原動機付自転車をして自車左側後部に衝突させ、その場に転倒させ、よつて前記宮下良一に対し加療約五ケ月間余を要する頭蓋骨亀裂骨折等の傷害を負わせたものである」と、その骨子に於て公訴事実通りの事実を認定し、これに対して刑法二一一条前段の外、道路交通法三四条一項、一二一条一項五号を適用した。

(一)  然しながら同法三四条は車両の交差点における左折又は右折の方法について規定したものであるが「左折」又は「右折」とは、車両がその交差点を形成する各道路に沿つて右折又は左折することを指すと解するのが相当である。司法警察員作成の実況見分調書、及び当審の検証調書によれば、本件事故現場である山一綿業株式会社高岡営業所倉庫(以下本件倉庫と略称)前附近は高岡市定塚町桜馬場方向から東方、同市伏間江方向に至る市道と、本件倉庫前から南方、読売アパートに至る道路が丁字型に交差する交差点ではあるけれども、桜馬場方面から伏間江方面に東進して来た被告人の自動車が「左折」して入ろうとした本件倉庫は直接右市道の北側被告人の進行方向に向つて左側に沿つて存在し、被告人の自動車が右倉庫に入るのは、右交差点を形成する道路に沿つて「左折」するのでないからこの場合の被告人の自動車の進行は同法三四条一項の「左折」には当らない。従つて、これに対して同法三四条一項、一二一条一項五号を適用した原判決は法律の解釈、適用を誤つたものであつて、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はすでにこの点において破棄を免れない。そこで刑訴法三八〇条、三九七条一項により原判決を破棄するが、検察官は当審において予備的に訴因を追加したので、同法四〇〇条但書により当裁判所において更に判決する(弁護人の控訴趣意に対する判断は後述の通りである)。

(罪となるべき事実)

(二)  被告人は自動車の運転の業務に従事するものであるが、昭和三九年七月一七日午前七時五〇分頃、高岡市赤祖父七八三の三番地の本件倉庫に赴く為、軽四輪貨物自動車(六富え六九-九八号)を運転し、同市定塚町桜馬場方向から同市伏間江方向に向け、前記倉庫附近の巾員約七・八米の市道の左端より約三・四米の部分(車両の左端が)を時速約三五ないし四〇粁で進行し前記倉庫の手前約五〇米の地点において、折から宮下良一(当二九年)が同市道左端より約一・二米の部分を時速約三〇粁で同方向に向け第二種原動機付自転車を運転進行しているのを、その右側より追越し、間もなく前記倉庫へ左折進入しようとしたのであるが、かような場合自動車運転者たるものは、前記の通り自車は時速約三五ないし四〇粁の速度で左折直前に時速約三〇粁で進行している右宮下の運転する原動機付自転車を追越したのであるから、同車が自車の左後方至近距離の地点を進行していることは十分に予想し得るのであり、かつ、自車の左側には巾員約三・四米の余地があつたのであるから、自車の直後左側を進行している車両、なかんずく前記原動機付自転車が自車の左側を進行しているので、これと衝突事故を起す恐れがあるから、ハンドル、ブレーキ、その他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び前記原動機付自転車の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法、特に同車両の動静を確認した上運転し、同車両との衝突事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、前記原動機行自転車を追越した直後、方向指示器により左折の合図をした上、前記倉庫の手前約二五米の地点から減速し、前記倉庫の入口の手前約八米の地点で左折を開始し、助手席のガラス窓越しに左方の安全を確認したのみで後方なかんずく前記原動機付自転車の動静を十分に確認しないまま漫然左折した過失により、前記倉庫入口前道路左端より約一・四米の地点において自車の左側後方至近距離の地点を進行していた前記原動機付自転車をして自車左側後部に衝突させて、その場に転倒させ、よつて前記宮下良一に対し加療約五ケ月間余を要する頭蓋亀裂骨折等の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は道路交通法七〇条、一一九条一項九号、刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条に当るのであるが、右は刑法五四条一項前段の観念的競合であるから、同法一〇条により重い業務上過失傷害の罪の刑によつて処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で被告人を罰金三〇、〇〇〇円に処し、被告人において右罰金を完納することができない時は、同法一八条により五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審及び当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文により被告人に、これを負担させることとして主文の通り判決する。

(弁護人の主張に対する判断)

所論は、被告人は、原判決も認めている通り本件倉庫の手前約五〇米の地点で被害者を追越しそれとほとんど同時に方向指示器により左折を合図したものである、即ち道路交通法五三条、同法施行令二一条の規定に忠実に、被告人は左折に当り、追越の直後少くとも交差点の三〇米以上手前から合図し、後続車に左折することを指示したのであるから、被害者においても当然先行する被告人の運転並に進路状況を注視すべき義務があつた、然るに被害者は被告人の左折の合図を看過し、然も同法二六条の規定に違反して、先行車である被告人の車両との間に法定の車間距離を保持せず、又同法三四条四項に違反して被告人の車の進行優先権を無視し、更に同法二八条の規定に反して、被告人の車の左側から、これを追越そうとし、かつ同法三〇条に違反して、交差点において、これを追越そうとしたもので、本件事故の原因は被害者の、このような違法な運転に帰せられる、被告人は左折に当つて、左側のバツクミラー及び助手席のガラス窓越に左方を見たが被害者は被告人の車両の直後で、死角になつている所にいたのか、これを認めることができなかつたので、被告人は左折したものであつて、このように死角内にある後続車、然も先行車である被告人の左折を知らず、かつ車間距離を無視した被害者の追突により生じた傷害をも、なお後方不確認の過失によるものと断ぜられる時は今日物資、旅客の運搬、輸送の過半を独占する自動車交通の機能は麻痺、喪失すべく、何の為に道路交通法等に運転上の細則を定め、その厳守の必要があるか理解に苦しむ、以上の通り主張するものである。

本件記録及び当審における事実取調の結果によれば被告人の自動車は本件倉庫の約五〇米手前で、本件市道の左端から約一・二米の部分を時速三〇粁で本件倉庫に向つて進行中の被害者の第二種原動機付自転車を、同市道左端から三・四米の部分で時速約三五ないし四〇粁で追い越し、その直後方向指示器により左折の合図をした上、右倉庫手前約二五米の地点から減速し、右倉庫の入口の手前約八米の地点で左折を開始し、右倉庫入口前道路左端から一・四米の地点において、自車の左側後方至近距離の地点を進行していた被害者の原動機付自転車左側後部において衝突したことは前記認定の通りである。被害者は右衝突による受傷の為右倉庫の手前約五〇米で被告人の自動車に追越されてから衝突までの間の記憶を喪失しているので、被害者の、その間の行動については詳かでないが、前記の各事実が認定される以上、被害者が被告人の左折の合図を看過し、その結果、被告人の車の動静に対する注視を怠り、これに衝突したものと推定されることは所論の通りである。もつとも被害者が被告人に追越された時、被害者は市道左端から約一・二米の部分を進行しており、衝突地点は市道左端から約一・四米の所であるから、被害者は被告人に追越されてから衝突まで終始市道の左端から約一・二米ないし一・四米の部分を走行していたと認められ、他方被告人は被害者を追越してから左折を開始するまで前記認定の如く、市道左端から約三・四米の部分を走行していたのであるから、被害者は被告人の直後を追尾していたものでなく、又被告人をその左側から、もしくは交差点において、追越そうとしたものとも認められない。前記の如く被告人の左折は道路交通法三四条の「左折」ではないから、被告人に同条四項の優先通行権もない。従つて以上の点に関する所論の被害者に対する、非離は当らない。

(二)  ところで仮令被害者に、被告人の左折の合図を看過し、その動静に対する注視を怠つて漫然同一方向を同一速度で進行した過失があつても、その故に被告人が、左折して前記倉庫に入るに当つて、後方、特に被害者の動静を確認すべき注意義務を免れるものではない。前記認定の通り被告人は本件倉庫の約五〇米手前で、時速約三〇粁で進行している被害者を、時速約三五ないし四〇粁で追越したのであるから、左折開始当時同人が自車の左後方至近距離を進行していることは当然予想し得たところである。従つて被告人としては被害者の前方を横切つて右倉庫に入ろうとする以上被害者の動静を注視し、同人の速度同人との距離等を考え安全にその前方を通過できると確信した場合にのみ左折を続けるべきであつた。前記の通り被告人には優先通行権はなく、むしろ被告人の方で被害者の進行を妨げてはならなかつたのであるから、安全に被害者の前方を横切る確信がなければ、一旦停止し、被害者の通過を待つなどして、同人との衝突を避けるために万全の措置を取るべきだつたのである。被告人は、その検察官調書、原審及び当審公判における供述において、左のバックミラーを見たが被害者の姿を認めなかつた旨述べているけれども、もし、事実バックミラーをのぞいたのであれば被害者の進行していた位置、速度からすれば、その姿を認め得ない筈はない。被告人は、その司法警察員に対する供述調書においては、「左ハンドルを切りながら、顔を左へ向け助手席の戸井さんの肩越しに左方のウインドを見た」旨述べ、バックミラーを見たとは述べておらず、事実は被告人は左の窓越しに左方を見ただけでバックミラーは覗いていないか、覗いたとしても十分な注意を以てしなかつたので被害者の姿を見落したのではないかと考えられる。仮に被告人の主張のように死角内にあつた為被害者を認め得なかつたのであれば、これを認め得るまで一旦停止するか或いは、そのまま直進するかして、左折の開始を一時見合わせるべきであつたのである。この点で本件当時の被告人の行動は「他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転し」たものとは言えず衝突事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を尽したものとも言えない。所論は被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書中の「私としてはもつと後方の安全を確かめればよかつた」旨の供述は取調官の誘導尋問によるもので証明力がないと主張するが、被告人が、これを認めると否とにかかわらず、被告人が後方の安全確認を怠つた過失があることは右に述べた通りである。結局所論は採用できない。

(裁判官 小山市次 斎藤寿 寺井忠)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例